December 31, 2004

現実の西暦2005年はそう悪くないんじゃないかな

あけましておめでとうございます。いつの間にかもう2005年だ。今でもチョコチョコとSFを読むのだけど、2005年といえばもう近未来SFの時代だよなぁ・・。まあ、現実は、それらのSFに描かれるような人類絶滅の危機でも、人類(とその仲間)が宇宙を飛び回るパラダイス的な状況のどちらでもないのだけど。深くいろいろ考えると、人類絶滅の危機は既に始まっていると言えるのかもしれないが、宇宙レベルの時間単位で考えれば人類の滅亡は必然なのだから、人間レベルの時間単位でしか物事を認識できない私がそのことを心配する必要はない。

人類が大宇宙を闊歩するパラダイスの方も実現には遠い。莫大なお金がかかり、しかも実質的な見返りのない宇宙探査はもはやできそうにない。国威高揚という大義名分、そして超大国の経済的余裕がなくなってしまった今となっては・・。もし仮に地球の資源が枯渇したとしても、他の星に取りに行くぐらいなら省エネルギーとリサイクルに力を注いだ方がよっぽど安上がりだし。それにそんな時に大きなエネルギーを使う宇宙探査などできっこない。結局は経済至上の価値観の上では、宇宙探査など「馬鹿馬鹿しいロマン」でしかないのだ。今の技術レベルでアポロ計画並みの力を注げば、恒久的月面基地建設や火星有人探査ぐらいすぐにできてしまうと思うのだが・・・。

ただ、一つだけSF作家たちの予想をはるかに上回るペースで進歩しているものがある。それは、コンピューターのスピードと容量である。確か、スタートレック3のノベライゼーション(James Blish, 1981)の記述で、とある人工衛星にある研究所のコンピューターが「土星を飲み込むような大容量」8メガの大容量バブルメモリーを搭載しているとされていた。彼がそれを書いたであろう1980年ごろのパーソナルコンピューターの容量はだいたい16Kバイトだから、その500倍ということだと思うのだ。私がそれを読んだ84年頃でも、子供心に「ああ、凄い大容量だ」と思ったのを覚えている。しかし、その後コンピューターの容量はムーアの法則に従って指数関数的に伸び、私のこの2年落ちのパソコンですら、土星を64個飲み込むような512MBのRAMを搭載している。

調べてみると、その当時のメインフレームには8M程度のメモリーを搭載したものが既にあったらしい。もしかしたら、その記述があったのはスタートレック1とか2かも?でも、結局は同じことである。その小説に描かれる世界は2200年代ということになっているので、今のペースでコンピューターが進歩しているとすれば、携帯端末でも最低でテラバイトクラスのメモリ容量とテラビット/秒の高速バスを持つだろう。量子コンピューターで光のスピードの限界を突破しているとしたら、その時代のスーパーコンピューターは、今の単位では計れないほどに高速化していると思われる。

ただ、それらの世界にはよく人工知能を持つコンピューターが登場するが、これは実現していない。研究室レベルでも。人工知能とまではいかなくても、コンピューターの「有能な秘書」レベルのサーヴィスですらまったく実現しておらず、逆に人間がコンピューターの奴隷となって設定とメンテナンスに勤しんでいる状況だ。つまり、コンピューターの「素の能力」はすさまじく上がっているが、ソフトウェアの方はまったくといっていいほど進んでいないということである。コンピューターが人類にパラダイスを提供するのに必要なのは、ソフトウェアの方なのにね。

さて、現実の2005年はちょっとはいい年になるかなぁ。

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