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March 30, 2019

2018/19シーズン回顧 小林陵侑の出現とフリーガータイプの苦難 (1/3)

今シーズンを振り返っていくつか感じたことを書いてみたい。一言で言えば、今季は「陵侑無双」のシーズンだった。調子が多少落ちた世界選手権前の一時期を除いて、小林陵侑のパフォーマンスは他のジャンパーより頭一つ抜けていた。陵侑に対抗できたのは、アイザイ、クラフト、ストッホの3人だったが、彼らのピーク時や相性の良い台の時に陵侑がイマイチだと逆転が起りうるという感じだった。パフォーマンスの余裕度に明らかな差があった。

小林陵侑のジャンプは何が凄いのか?

これを検証して解説することは一ファンの手に余ることだが、今季試験的に提供された飛行中のスピードのデータを手掛かりに、こうではないかと言うことはできそうだ。

スキージャンパーのやっていることは、1)サッツのでのスピードロスを最小限にしながら上に飛び、マキシマム(最高点)をできる限りカンテから高く遠くにし、2)そこからは落下を抑えながら前に進む。それらの効率が優れているから、小林陵侑は遠くまで飛べるということになる。では彼は何が優れているのだろうか。

今年はいくつかの試合で、飛び出し速度に加えてカンテから20mの地点とランディング時の速度が表示された。20m地点のスピードが上記1)のサッツ効率と、ランディング時のスピードが2)の空中効率とリンクするのだが・・・数字そのものが飛行の効率と相関関係にならないのがつらいところ。というのも、飛行の効率はこれらのスピードを決める一つのパラメーターでしかないからだ。例えば、サッツで高い方向に出れば必然的に20m地点の速度は遅くなるし、飛び出し時が追い風なら速くなる。ランディング時のスピードは100mに降りたときより120mに降りたときの方が速い(それだけ、落下加速度がついているから)。つまり、ジャンプのスタイル、気象条件、ジャンプの出来不出来など様々な要因で数字はいくらでも変わってしまうのだった。しかも、速度のベクトル(前に進んでいるのか、下に落ちているのか)は不明だし、これらのスピードを開示して飛んだケースは、日本やポーランドなど開示に積極的だったチームのジャンパーであっても数えるほどしかないので、統計的に解析することも不可能。・・・というわけで、ここから書くことは私の個人的印象の範囲を超えないものだとご理解いただきたい。

小林陵侑の飛行において、20m地点のスピードは飛び出し時とほぼ同じのことが多かった。この、ほぼ同じ、というのは非常に優れた数字で、クラフトやフォアファングといったサッツの効率で勝負するタイプと同等のものだ。陵侑は彼らより高く飛び出しているため、普通はマイナス(飛び出しよりも遅い)になってしかるべきなのだが、そうはなっていない。つまり陵侑のサッツは高効率ということになる。このスピードが陵侑よりも速いジャンパーは、ハイベックやジラなど、サッツで猛烈に前に行くスピード特化型タイプのみ。彼らはこの数値がプラスになることが多かった。

ランディング時のスピードは、飛び出し時+20キロ台前半になるジャンパーが多かった。この数値が最も大きいのがノルウェーのフリーガータイプ。ヨハンソンはいいジャンプをしたときには+30を超えることもあった。よく前に進んでいるということになりそうで、私のこれまでの認識ではこういうジャンプが空中効率の良い、大きな台で伸びるジャンプだと思っていた。

しかし、驚いたことに陵侑のジャンプはこのランディング時のスピードが非常に遅いのだった。初めて見たときは間違いかと思ったが、彼がいいジャンプをしたときはいつも、飛び出し速度+15キロぐらい。+10しかない時もあった。しかも、悪いジャンプの時にこの数値が大きくなるのだった。これは、信じがたいが、彼は空中で減速しながら飛んでいて、より減速できたときに伸びるということになる。落下モーメントを殺しながら、落ちないように飛んでいるということだ。浮力が他のジャンパーよりずっとある、と言うこともできそうだ。

結論としては、陵侑はサッツでは高く出ながらもスピードを維持し、しかし飛行体勢に入ってからは前に進むことよりも落ちないことを重視した飛行で、滞空時間を長くして飛距離を伸ばしている、ということだ。高く、速く、遅く、である。

これと同じ傾向のジャンパーは数えるほどしかいない。一番近いのが小林潤志郎。当然かもしれないが、飛型も体のサイズも違うのに実は似ているというのは非常に興味深い。他国のジャンパーでは、予想外だが、大成功した時のクバツキ。彼は十回に一回ぐらい凄いジャンプをするが、その時は陵侑と同じ感じ。伸びない時はサッツでマイナス(上に出すぎ?)になっている。高く、速く、速く、のタイプが現在の主流で、その代表がストッホ。低く、速く、速く、のタイプがフリーガータイプとなる。

小林陵侑の空中の秘密・・・はわからないが、空中では前に進むことが善だと思っていた私には、彼の飛行データは衝撃だった。パラダイムの転換点になっているのかもしれない。おそらくこの独特の空中技術は彼の生来のものだ。これにサッツ技術の向上と欧州人を超えるほどの身体能力、成長による体の完成が相乗的に作用して、今季の無双状態を生み出したと言うことができそうである。まだ技術的にも身体的にも上昇の余地があるように見えるのが凄い。大きな怪我やモチベーションの問題がなければ、今後数年でニッカネン/アホネン/シュレリーレベルの勝ち星を詰み上げていく可能性が高いのではないか。

(2)に続く

3/30追記

ランディング時のスピードについて、ちょっと面白くない可能性に気付いてしまった。あのスピードはランディング直前もしくはその瞬間のものであって欲しいが、もしランディング後のものだったら、ここで私が書いたことは空論となる。というのも、ランディングの状況がランディング後の速度に大きく影響しそうだからだ。高いところからドンと降りればその衝撃をジャンパーが吸収した分だけ減速するだろうし、逆に低いところからスルッと降りたら飛行していた時の速度を維持したままになりそうだ。より遠くに飛んで高いところから平らなところに降りた時はランディングで減速する部分がより大きくなる。これだけで、飛行曲線が高くより遠くに飛ぶジャンパーがこの速度が低く(陵侑がまったくそれに当てはまる)、逆にフラットに飛ぶジャンパーやK点付近に降りたジャンパーは速度があるという傾向を説明できてしまう。あぁ、たぶんそうだ。もしそうだったら、あの速度表示に意味はない!

 

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Comments

大変興味深く記事を読ませて頂きました。陵侑が速度を浮力に変換しているという分析には思わずはっとさせられました。トロンハイムの試合を見返しましたが、確かに数字にはっきりと表れてますね。
NHKでは「サッツで板が上下せず水平を保てる」「板の面が外側を向かない」「“く”の字型の姿勢で板と体に間隔を作れる」などが特徴として挙げられていましたが、これらは元々テレビの解説などで一般論として言われてることなので、トレンド変化を起こすほどの特別な浮力を生んでいる要因かどうかは分かりません。
いずれにせよ空中姿勢に関してはデビュー当時から原型が出来ていたので、今季はそれを生かせるだけのフィジカルとスリップしないサッツ技術を会得したということなんでしょうね。
僕の中では、トレンドの流れとして+2㎝スーツ到来で浮力失われて推進力重視になったと大雑把に認識しているのですが、小林陵侑の飛行曲線や“く”の字型の空中姿勢は、どことなくシュリーレンツァウアーみたいで、ひと昔前の飛び方に見えます。葛西監督はその空中姿勢を見て土屋ホームに引き抜くことを決めたと言っています。これもトレンド変化の予見だったのかな、と記事を読んで思いました。

Posted by: 中田 | April 04, 2019 09:20 AM

コメントありがとうございます。
そうですね、小林陵侑の飛型は少し昔風の、オーストリア・ジャックナイフとか言われていたものに似ていると私も思います。彼の飛型は日本人としては少ないタイプかもしれませんが、欧州各国のジャンパーには結構いるタイプで、特別かと言われたらそうでもないですよね。何が陵侑を特別にしているんでしょうねぇ・・・。

飛行機が揚力を得るのには速度が必要なように、ジャンパーも浮力を得るには速度がいるんだと思います。たぶん、陵侑も、中間地点の前までは速くて、そこから飛行機がフラップを下げるように、重心を少しづつ後ろにして速度を揚力に変換するのではないでしょうか。ちょっとでも間違えたら大失速しそうですが・・・。

葛西監督が陵侑のジャンプをどのように見ているのか、聞いてみたいです。私には陵侑と葛西は全く正反対のフィロソフィーで飛んでいるように見える。そう考えると・・・葛西監督は指導者としてすごいんじゃないでしょうか。また、日本人のジャンパーで陵侑に一番近いのは宮平ヘッドコーチのように思います(ジャンプ後半は違いますが)。これも彼の幸運の一つだったかもしれませんね。

Posted by: かずやん | April 04, 2019 08:36 PM

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