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March 30, 2019

2018/19シーズン回顧 小林陵侑の出現とフリーガータイプの苦難(2/3)

フリーガータイプの苦難

今季、自分が最も残念に思ったことは、ビケルスンのフライングヒルがさらにフラット化されていたことだ。おそらくだけど、FISはその変更なしにはCertificateを出さないと強硬に迫ったのだろう。クルム、オーベルストドルフ、プラニツァは昨シーズンに既にフラット化がなされていたので、これでアクティブなフライング台のランディングバーンはすべてフラット(βが34°以下)になった。

その結果、ビケルスンにおいても飛行曲線の高いジャンパーが活躍することになった。従来的な前がかりなフライトでは伸びないことが明らかだった。クラフトやフォアファングといった超トップクラスのバランス型でさえ、低く出てしまうと伸ばせなかった。一人だけ特異だったのがドメン・プレウツだったが、彼とて活躍した16/17シーズンの時よりパワーアップしており、明らかに上への方向性を出していた。彼以外の「フリーガータイプ」に属する、空中の効率に特化したタイプは全く伸ばせていなかった・・・。

今季はドメンを除いてワールドカップの総合上位とスキーフライングの上位がほとんど同じになった。特徴的なのがクバツキだと思う。彼自身の技術の進歩もあるが、以前の認識では彼のようなパワータイプがフライングで上位に来るとは想像できなかった。

こうなった理由の一つが前述の台のフラット化。フラットな台においては高い飛行曲線が有利になるからだ(ジャンパーと台の相性についてを参照)。もう一つは、今季からBMIを測るときにブーツの重さが体重に加算されなくなったこと。肉体の重さがそのままならスキーがもう一段短くなって浮力が減少し、スキーの長さを維持すればジャンパーのパワー(筋肉量)が増やせるということだ。どちらにせよ、よりパワー方面が有利になる。その二つの相乗効果で、飛行曲線の高いジャンパーがフライングも飛べるようになったと思われる。一方、空中が上手いジャンパーであっても充分に浅い落下角度が得られず、飛行が低ければ落ちてしまうという傾向が顕著になったのだろう。

結果として、ランディングバーンの稜線よりも浅い飛行曲線を出し浮き上がるようなジャンプでHSまで行くという、フリーガータイプの戦略はフライングヒルでも通用しなくなった。フリーガーたちは、今後どうするのだろう。プレウツ兄弟のようにパワー・スピード化を進めるのは一つの方向性。空中よりもサッツの効率で勝負するクラフトやフォアファングは方向性を微調整すればOKだろう。しかし・・・生粋のフリーガータイプは?ステヤネン、クラニェッツは引退を選んだ。テペシュ、ファンネメル、そして葛西は?

そういう認識のもとに振り返ってみると・・・

現状では飛行曲線は高い方が有利ということは、おそらく業界では常識なのではないか。ただ・・・実際、体に染みついたサッツの方向性を変えることは、選手にとっては感覚的に難しいことなのかもしれない。仮に方向性を上方修正できたとしても、失速落下の恐怖と戦いながら、サッツ後のすべての感覚を刷新し、マテリアルと技術を最適化する作業が待っている。

そういう認識を得てから、ここ数年のジャンプ界の流れを振り返ってみて、いくつか腑に落ちたことがあった。

一つは最近のアマンの苦闘の理由だ。彼の飛行曲線は2012シーズンぐらいからどんどん高くなって、ランディングの問題が起こり、軸足を変える決断をして、まったくテレマークができない状況が続いた。今季はスキーを変え、ブーツも新機軸の硬いものにし、それで大失速ジャンプを繰り返した。なんで、そんなことをしているんだろう?とずっと訝しんでいたのだが、今季のプラニツァでHSに到達してランディングを決めた彼の素晴らしいフライトを見てようやくわかった。彼は、おそらくだけどピチピチスーツ到来の頃に既にこの未来を予見して、一つ一つ手を打ってきたのだと思う。ただ飛行曲線を高くすれば、落ちる。落ちると、ランディングが難しくなる。そこでここ数年は空中の効率を改善するために、いろいろトライしてきたのだと思う。途中、くじけそうになって引退をほのめかしていた。しかし、今季は手ごたえを感じたのだろう、彼の口からは引退のいの字も出ていない。スラットナーの先が柔らかい板、カーボン製のシューズ、スキーの先を開かず前傾も抑えた新しい空中飛型・・・・この組み合わせで来期は勝負するのだろう。

もう一つはストッホの復活だ。ソチの頃の彼はものすごく低い飛行曲線で結果を出していた。しかし、その後不振になり15/16シーズンは総合22位に沈んだ。そして、迎えた16/17シーズンの彼のジャンプは全く変わっていた。高く、でも速いというジャンプになっていた。その後の彼の活躍は記憶に新しい。重要なのは、この大変更がソチオリンピックでの栄光からほどなく、ホルンガッヒャーがヘッドコーチとしてポーランドに来るより前に行われていることだ。このサッツの方向性の変更は、2000年にアダム・マリシュが長身痩躯時代に行い、一気にトップに立ったものに似ている。以前、マリシュが引退した時に書いたエントリーで、彼の凄さを「謙虚に自分を観察し、他人の助言を受け入れて、自分を変えることができる、思考の柔軟性と素直さが彼を何度もトップに押し上げたのではないか。」と評したが、これはそのままストッホにも当てはまる。

この二人の先見性、柔軟性、決断力、実行力。これこそが、彼らのアスリートとしての真の素質だと思う。そして、彼らがこうやって正しい方向にレールを敷いたことが、小林陵侑の今季の爆発を促したのではないか、と思うのだ。幸いなことに、この方向性は陵侑がもともと持っていたものと相性が良かったのだろう。しかも彼には優れた身体能力と空中感覚、そして若さがあった。すべてが良い相乗効果を生み、彼はストッホすら到達できなかったレベルに一気に到達してしまったんだと思う。

陵侑のように時代を作る人間は、時の運を捉えてしまう。しかし、その「時運」を生み出した人達が、実はすごいのではないか、と思うのだ。スポーツに限らず、芸術でも、学術でも、音楽でも・・・。

(3)に続く

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