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March 31, 2018

2017-2018シーズン回顧 競技の成熟がもたらした予定調和と格差

今季は個々の試合やジャンパーにはあまり触れずに、全般的なことに絞って回顧してみることにした。

ジャンプ週間、フライング世界選手権、オリンピック、RAWAIRと盛りだくさんなシーズンだったが・・・私のような日本人のいちスキージャンプファンにとってみれば、大きな盛り上がりもなく、なんだかスーと過ぎていったという感覚が否めない。マテリアル面でのビハインド解消と新戦力の台頭により、日本人選手の成績は昨シーズンより確実に上だった。多少、期待値が現実を上回っていたのかもしれないが(特にオリンピックに向けて)、日本人が活躍しなかったから盛り上がらなかったというわけではないように思う。少なくとも自分は、小林潤志郎の勝利だけでなく、日本選手は全般的に頑張っていたと思う。

では、なぜ盛り上がらなかったように感じるのだろう?

シーズンが終わって何気なく今季の成績を見ていて、一つ驚いたことがある。それは国別対抗のチェコとフィンランドの点数だ。団体戦の点数を除いた個人の獲得ポイントは、それぞれ、45点と19点であった。ロシアも55点しか取れておらず、アメリカの62点を下回っている。まさに壊滅的だと言えるだろう。

これは逆に言えば、上位6チーム+アマンでほとんどのポイントをスイープしたということだ。各チーム5人として計算上31人にしかならないから、ほとんどの試合で同じ選手が2回目に進んだということになる。

また、各試合の上位を振り返ってみても、序盤こそ日替わりな感じがあったが、12月以降はほぼ同じメンバーでトップ10を占めていて、大荒れのザコパネを除くと勝ったのはストッホ・フライターク・ヴェリンガー・ノルウェー勢だった。オリンピック以降の後半戦はストッホとノルウェー4人にクラフトが表彰台のほとんどを占めていた。

つまり、今季はパフォーマンスレベルの確固としたヒエラルキーが分厚く層状に形成されていて、勝つべき人が勝ち、その下に表彰台に届く選手が10人ぐらいいて、2回目に進める人もだいたい決まっている、という状態だったのである。これまでも少数の選手がものすごく抜けてしまうということはあった。しかし、これほど上から下まで動かないということは無かったと思う。天候条件の大荒れやものすごい風の幸運、不幸がなければ大きくは紛れない状況だった。

予定調和と言えば聞こえはいいが、まぁ平たく言えばいつも結果が同じで面白くないということになる。その、勝負に入れる10人に贔屓の選手が入っていなければ、なおさらだ。だから、少しづつ冷めていってしまったということなんだろう。

なぜそうなった?

まず、マテリアル面での差があったのではないかという疑念が浮かぶが、おそらくそれは違う。

逆に今季はスーツの審査がいちだんと厳しくなり、マテリアル面でのチーム間有利不利はかなり抑えられていたはずだ。オーストリアチームが不振に陥ったのは、おそらくだけど、昨季、彼らだけにあったスーツでのアドバンテージがなくなったことが大きかったのではないだろうか。一方、今季の日本選手にはマテリアル面での不利はほとんど感じなかった(スーツに関して言えば、感覚的にはアドバンテージすらあったように感じた)。おそらく、フィンランドやチェコ勢もほぼ同じレベルのマテリアルで飛んでいたと思う。それに、もしマテリアル面で大きな差が生じているのだったら、チーム単位でそれが起こるはずなのだが、今季に関してはそれぞれのチーム内での差も大きかった。

FISが取り組んできた、公平公正な競技を実現するためのルール作りは一段落を迎えたと思う。それは成功し、スキージャンプは非常に成熟した、公平な競技になった。体の違いによる有利不利は抑えられ(BMIルール)、条件の違いも抑えられ(コンディション・コンペンセーション)、今季はついにマテリアルの差もずいぶん抑えられた。

しかし・・・それに追随する形でジャンプ技術も進化、洗練化していった。安定したルールのもと、各選手の飛び方は最適化されていった。私は、その行き着いた先が、今季のような紛れのない状況だったとみている。

今季のノルウェー勢のジャンプやフライングをドイツ勢やポーランド勢のそれと比べたとき、飛行曲線がかなり近くなってきていることに気づいた。数年前まではフリーガーとジャンパーの飛び方には大きな差があったが、今季はトップレベルにおいてはほとんど差がないように見えた。みな、高くて速い。低い飛行曲線のジャンパーはいくらサッツで速くても伸びないし、それが遅いジャンパーはいくら高くても伸びない。それは、程度の違いはあれ、ノーマルからフライングまで同じだった。安定したルールのもと、規格化されたマテリアルと台で突き詰めていけば、同じ飛び方になっていくということなのではないか。

技術の均一化が極まってくると、勝負を決めるのは何か?それは純粋に運動能力ということになる。語弊は承知で言えば、陸上競技のようなものである。例えば走り幅跳びで自己記録に50cm差があればほぼ逆転しない。スキージャンプはそういう競技になってきているのではないだろうか。技術的に最適化が完了した選手の中で、アスレティック能力順に順位が決まるということである。

フィンランドやチェコの不振は、おそらく「伝統の技術」が最適化を阻んでいて、そのうえ選手人口の低下に伴ってアスレチック能力の高い選手がでてこなくなっているということなのだと思う。「伝統の技術が最適化を阻んでいる」のカテゴリーには、おそらく(ダミヤン以外の)スロベニア勢と葛西も入るのだろうが、彼らは非常に運動能力が高く独自技術に長けているためにまだポイントが取れているという風に認識している。しかし、今季、彼らのトップグループに対するビハインドは広がっていた。

日本チームにおいては今季、小林兄弟が台頭した。彼らはまだ技術的に完成されたジャンパーではないのに、である。彼らの身体能力が非常に高く、まだまだ伸びしろがあるということではないだろうか。今後も期待したい。

来期はどうなる?

今季の状況がFISにとってハッピーなのかそうでないのかは分からない。現状が競技としては素晴らしく、スキージャンパーにとって望ましい状態であることは確かだと思う。一方でここまでの寡占状態は競技のグローバル化とポピュラリティの獲得の視点からは望ましくない。ある種のギャンブル性はスキージャンプの魅力であり、大衆の熱を生む元でもある。それがあまりにも欠ける状況は見るほうにとっては嬉しくない。そんなこと言ったら、いったいどうせいちゅうねん、てホファーさんに言われそうだが。たぶん、このまま、下位チームが追い付いてくるのを待つという感じなんだと思うし、そうあるべきだろう。試合をエキサイティングにするための、競技者を無視したルール変更はあってはならないと思う。

技術・マテリアル系で、一つだけトレンドの変化を感じていることがある。それは、高身長選手の不利が少なくなりつつあるということだ。今期は大柄ジャンパーの代表と言えるステヤネンだけでなく、190cm以上あるゼメニッチも勝った。スーツの生む浮力が抑えられたことで、スキーによる浮力と飛び出し速度の重要性が増しているからだと思う。近年、スキーが短くなっていった理由は、長いスキーではサッツ後にスキーの上りが制御しづらくスピードをロスするからだと思われる。しかし、その短いスキーでは慢性的な浮力不足なのは明白だった。今季のステヤネンのサッツを見ると、長いスキーでもスキーをコントロールする技術に目途がついてきていているように見える。来期は高身長選手が長いスキーを使って浮力のアドバンテージを得るという、長身痩躯時代のようなことがあるかもしれない。もしかしたら増量して少し長いスキーを使う選手も現れるかもしれない。だから、ステヤネンが引退するとしたら、本当にもったいないと思う。この流れなら来季は彼が主役になってもおかしくないとすら思っている。

この身長トレンドの風向きの変化が、女子ジャンプにおいては高梨とルンビの関係性の変化に出たような気がするんだが・・・あと、アスレチック化の波は女子にも来ていて、これもルンビに有利に働いている。高梨がこれらのトレンド変化を跳ね返してトップに返り咲くには、相当な努力を要するのではないかと思う。

あまりまとまらない雑文・長文にお付き合いくださってありがとうございました。
来期も普通にジャンプが楽しめるよう、平和と健康を祈ります。
スキージャンパーの皆様、今季もありがとうございました。

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