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March 31, 2017

シーズン回顧 2016-2017 技術の水平移行と最適化の進んだ世界、その先に見えたもの

記憶が鮮明なうちに今シーズンを振り返ってしまうことにしよう。

実は・・・自分にとって、今季のスキージャンプにおけるもっとも大きな出来事は、ユーロスポーツの解説がスヴェン・ハンナバルトになったことであった(笑)。正直、初めは彼の解説でユーロスポーツ大丈夫かいな、と思った。彼は声が暗くて、噛んだり詰まることも多い。しかもネガティブだ。だが、(彼もこちらも)慣れてくると、根本的なところで彼は非常に饒舌で、サービス精神があり、しかも不器用なまでに正直だということが徐々に分かってきた。常にこっち側にいてくれる感じがして好感を持つようになっていった。解説者によくある、小器用にまとめるけれど内容のあることは何も言わないような感じ、が彼にはない。何か言いたいことがあると、次のジャンパーがスタートしていてもお構いなしで喋り続けてしまう。実況のマティアスは困っただろうが、視聴者にとって有用な示唆を含んだ言葉が、まとまらないんだけど、そういう時に飛び出してくるのだった。理解不能な造語、言い回しも出てきて(ドイツ語話者ではないこちらにとっては)本当に困るのだが・・・。是非、懲りずに来季も続けてほしいと願っている。

スヴェンがよく言う言葉に、「スキージャンプで最も大事なのは"Fluss"だ」というのがある。Flussとは水の流れを表す言葉で、「よどみのない川の流れのように」という意味だ。クラウチングから飛行体勢への移行をよどみなくスムースに行うことで、最大限の速度を「持っていく」ことが大事だ、と彼はことあるごとに言う。サッツ時に頭で考えたような動きをせず「簡単に」立ち、スキーと体を無理なく寄せて、移行動作が調整を行わなくても自動的に完結するのが理想のジャンプであり、どのような「意図的な操作」も”Fluss”を滞らせてスピードを失わせる、と力説するのだった。

だから、スヴェンはロスの少ない日本のジャンパーを高く評価する。特に葛西には同世代ということもあり最大限の賛辞を惜しまない。そして、もちろん、今季のクラフトに対しては信じられないほどのスピード効率だと繰り返し褒めていた。

今季はクラフトだけでなく、上位に入っている選手たちはみな“Fluss”のある、効率が高くロスの少ないジャンプをしていた。現在のレギュレーションではスーツの浮力が足りないため、高い空中技術を持つジャンパーでも基本的に「落ちて」いる。この設定では前に進むスピードの重要性がより高まり、上位に入るには「スピードロス・レス」サッツ技術が不可欠となった。一方で、FIS主導で各国の台のフラット化が進んできたことで「高さ」の重要性も増してきている。成績を挙げるには、高さを確保しながら速度を落とさずに飛び出す・・・これはスキージャンプにおける二律背反の命題だが、まさにそれを解決しなくてはならないのだった。

昨シーズンの回顧で「個々のジャンパーにおける最適化が進んだ」ことを書いたが、それは今季、速いスピードでさらに高度なところに進んでいったように思う。それぞれのジャンパーが自分の飛び方を確立するのは当然のことのようだった。その上で、ヴェリンガーやコットらを筆頭にサッツにおいて高さを重視してきた「ジャンパー」たちの前に進むスピードが大幅に良化した。一方でクラフト、ストッホ、アマンらスピード効率を追い求めてきたタイプは、必要な場合はサッツでしっかりと踏んで高さを獲得できるように「万能化」していった。安定した成績を出すには、高さとスピードの両方を合わせ持つジャンプができ、さらには台や条件に応じてサッツの方向性(”過激性=アグレッシブさ”と言うほうがしっくりくるのだが)を調節できる能力すら求められていたのであった。そうでなければ、表彰台はおろか15位ぐらいに入るのも難しかった。今季、ジャンプ週間以降においては、史上最高のとてつもなく高いスタンダードが求められていた。

そんな中で葛西のように「変わらない」ことを選択したり、ハイベックのように行き過ぎたスピード化を模索したりしたジャンパーは相対的に、ハマるジャンプ台でしか勝負に入れないという状況に陥っていたように思う。

高レベルの基本身体能力と技術の上に高い調整力を備え、万能化すること。言うは易しだが、行うのは至難である。タイトルを争ったクラフトとストッホはそれを高次元でやってのけていたのだった。ヴェリンガーやタンデはピーク・パフォーマンスにおいては彼らを凌駕してすらいたが、調整能力においては歯が立たなかったというのが、率直な評価となる。

この過程でマテリアルの最適化も進んだ。これは、感覚的なものでしかなく間違っているかもしれないが、独墺系のスーツが浮力を生むのではなく、空気抵抗を削いでスピードを上げる方向に大幅に進化したように見えた。このスーツが、ドイツ・ポーランドのパワージャンパーたちをフライングにおいて230mに到達させる原動力だったと見ている。日本やスロヴェニア勢はサッツでの効率は負けていないはずなのにジャンプ後半のスピードが足りない状況が散見された。昨季はあれだけ圧倒的だったピーター・プレウツのジャンプが、もう今季は「遅い」と感じることがあるなんて。信じがたいほどの急速な進歩だった。日本チームも最後の最後にはかなり追いついたようだが、これは日本が追いついたというよりも、世界選手権が終わって前が止まったという感じだと思う。

クラフトは大きな怪我などがなければ、今後長くトップを張ることになると思う。現状、まさに穴がない状況である。昨季のピーター・プレウツは「彼の方向性における最先端」の印象だったが、今年のクラフトはどのようなトレンド変化にも追従できそうな、高い技術ステージに入ったことを感じさせた。しかもオーストリアはチーム力が最高レベルにあるから、マテリアル面で足を引っ張られることも考えにくい。今季は完敗だったヴェリンガー、さてどうするだろう。彼だけはこのままの方向性で経験を積めばクラフトに勝てそうな気もする。もう一人、クラフトに挑戦できそうな存在は、親友のハイベックだと思う。今季の彼はかなり意図的に過激なジャンプ(スキーをネガティブ(下方向)に出すほどの)をしていた。この経験を踏まえて来季に向けて最適化してくるだろう。

ピーター・プレウツもこのまま引き下がるとは思えない。私には、今季の彼は先を見据えて飛び出しの方向性を変えようともがいていたように見えたのだ。明らかにサッツで高さを得ようとしていた。ただ、スロベニア風の深いクラウチングからしっかり踏むと、膝が戻って上に抜けてスピードをロスする・・・という悪い循環に陥っていた。万能化に向けたモードチェンジの過程だと思う。助走姿勢も含めて全てのパーツがピタリと新しいジャンプとして収まったとき、とてつもないパフォーマンスが出る気がする。

この高いレベルの中で、若い選手たちは苦しんでいた。今までのようにポッと出てきて活躍することは難しくなってきている。あふれる才能を持て余し気味のドメン・プレウツですら、ジャンプ週間以降はついていけなかった。普通の若手では、コンチネンタルカップから上がってきても2回目にすら進めないのは当然ともいえる状況だった。各国とも、若手にどうやって上での経験を積ませるか・・・が大きな課題となってきている。そんな中でポイントを獲得していたロシアのクリモフ、チェコのポラシェク、イタリアのインザム、アメリカのヴィックナー・・・彼らの才能は非常に高いレベルだと思う。このあたりの主流とは言えない国にもスターが生まれてほしいと願っている。特にチェコはポラシェク・ストゥルザ・ヴァンチュラの3人が、それぞれ違うタイプで高い才能があり未来は明るい。

日本は、選手自体に全く問題はなかったように思う。特に伊東大貴は技術的にもスピード的にもかなりクラフトに近いものを出せていた。差はほんの少しだった。その少しの差が地の利とマテリアルの差で拡大されて、あの順位差になってしまった。今季、上位は狭いパフォーマンス差の中でひしめいていて、少しでも弱い部分があると、すぐに勝負に入れなくなってしまう状況だったから・・・。極論すれば、もう、日本というジャンプ僻地から遠征している時点でチャンスがないことになってしまうくらいの厳しさだった。そんな状況でも最後は表彰台にまでたどり着いた葛西は凄いとしか言いようがない。プラニツァで得た手ごたえを信じ、来季の悲願達成に向け、彼はトレンドとは一線を画す次の一手を打ってくるような気がしてならない。とにかく来季はマテリアル面で大きく後手を踏むことのないよう、お願いしたい。マテリアルが互角ならば、地の利のあるピョンジャンでは勝負できるはずだ。長期的な観点での日本チームの大問題は、他チームと同じく、どうやって若手をワールドカップで修行させるかだと思う。この点においては小林陵侑をシーズンを通して帯同させたことを評価している。この得難い経験を糧にできるかどうかは彼次第だ。

手短にと思いながら、長くなってしまった。スキージャンプは競技として洗練されてきたと思う。来季は今季のクラフト・スタンダードの上にある「最適化の極致」において、さらに厳しい戦いが行われることになるだろう。今から楽しみである。

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