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January 06, 2017

ストッホ、歴史に名を刻む ビショフスホーフェン

今年も、ジャンプ週間にはドラマがあった。不必要なドラマがいくつも。

タンデの2回目のジャンプ、サッツは最高だった。その1秒後、彼の右スキーのブーツについた金具が壊れ・・・・保険の紐が支えて転倒は避けられたが、勝負はあきらめるしかなかった。金具が壊れる可能性は常にある。でも、それがこの瞬間、ジャンプ週間の勝負が決まるファイナルジャンプで起こるなんて!そこに必然性を見つけようとすれば、乾坤一擲の彼のサッツが、あの金具が今まで経験したことのないようなパワー、衝撃をスキーとブーツに与えたということなのかもしれない。

楽天家で知られるタンデも、さすがに落胆を隠せなかった。数分後の表彰式(それでも彼はジャンプ週間総合3位に入った)で笑顔を見せた、彼の強さと周りへの気遣いを称賛する。

オーストリア・チームを襲った、ウィルス性胃腸炎・・・・今日のクラフトはまったくパワーがなかった。パワーがあることを前提とした、繊細なフライト・システムはまったく機能しなかった。もっともパワーのない日が今日に当たってしまったのは、不運としか言いようがない。同じことがインスブルックを諦めるしかなかったハイベックにも。あの最後のジャンプを見れば、彼にもクオリティ的にはチャンスがあったはずなのである。彼のガルミッシュのジャンプが2本ともダメだったのは、あの時すでにパワーが失われていたということなのだろう。自己管理の問題と断じてしまうには、あまりにもタイミング的に不運であった。

しかし、だからといって、ストッホの成し遂げた4大タイトル制覇(オリンピック、世界選手権、ワールドカップ総合、ジャンプ週間の4つを全て優勝すること)が色あせることはない。彼はジャンプの歴史における、巨人の一人となった。マリシュから受けたバトンをしっかりと握っている。彼も、膝は腫れ、インスブルックでランディングバーンに打ち付けた肩は優勝カップを片手で提げられない程に痛めていた。予選を飛ぶことが不可能なほどコンディション的には追い込まれた状況だったそうである。それでも、集中力と技術で勝ち切った。やるときはやる、それがスター、である。

プレウツ兄弟は結局最後まで弾けなかった。兄ペーターのちょっとした問題は、よく知った台でじっくり飛んで調整しないと解消しないだろう。このあたりで小休止したほうがいいというのがハニー・マルティンの共通した意見だった。ドメンは結局のところ4つの違う台にジャンプを合わせることができなかった。しかし、とてつもなくいい経験をしたことは間違いがない。彼は、まだまだこれからなのだから。

今日のビショフスホーフェンはキンキンに冷えていた。風は収まったが、風向・風力ともに不安定だった。ただ、それほど強い風があったわけではない。しかし、このくらいの風でも、ビショフのような理想的とはいえないプロフィールを持つ台では試合が成り立たないぐらいに影響を受けてしまう。伊東のヒルレコードを塗り替えて予選トップだったヴェリンガーの1回目のジャンプはほぼ100%成功したジャンプだったが、2回目に進めなかった。ウィンドファクターが効かなすぎる。あまりにも競技が繊細になってしまっている。

みんな、スーツをとっかえひっかえしているように見える。いろいろな、縫い方や通気性の違うスーツが開発されている模様・・・・クラフトがより通気性のあるスーツを試しているということで、ちょっとびっくり。もう、スーツの浮力よりも、空気抵抗の方が重要ってことなんだろうか??日本選手も徐々にだがマテリアル的にトップに近づいている。今日は葛西・伊東ともいいジャンプだった。もう少し風のアシストがあればトップ10には余裕で入れるクオリティだったと思う。後半戦、期待できそうである。

シュレリーが元気な姿を見せていた。次のポーランド・シリーズから復帰とのこと。楽しみ。

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