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April 27, 2014

スキージャンプ概論 (2) 影響力の変化でたどる、V字革命以降の25年

(1)からの続き 長文です。

前回、スキージャンパーの競技力を決める6つの要素を定義した。競技としては、それぞれの要素の成績に対する影響力の強さは一定であるべきだ。もしそうであれば、ジャンパーがしっかり準備してチームがそれをサポートすれば、その努力は成績に反映されることになるはずである。

しかし・・・歴史的に見て、そうでないことがいかに多かったかは葛西の成績が如実に物語っている。そうなってしまう理由は、それぞれの要素の影響力が、ルールとそれに伴う技術トレンドの変化にしたがって大きく変化してしまい、時代によってどの要素が成績につながるかが変化し続けてきたからだ。そういう状況では、ある要素に非常に優れたジャンパーであっても、その要素があまり役立たない時代であればそれは成績につながらないし、逆に、それが大きな影響力を持つ時代ならば、他に欠点があっても成績は出てしまう。つまりは、その時どきの影響力変化によって、ジャンパー本人のパフォーマンスが変わらなくても、成績は否応なしに浮き沈みすることになる。

そういう見方を踏まえて、V字革命以降の歴史を時系列に沿って、6つの要素の影響力を円グラフで視覚化しながら振り返っていくことにしたい。


1987_3V字以前(1990年以前) IA 個人能力の時代
クラシック・スタイルは完成の域に達し、基本的なサッツ技術はこの頃にもうすでに確立されていた。X字ジャンプ(スキーと体をずらして浮力を高める技術)が主流となり、スーツがどんどん厚くなって浮力が増していったが、V字の革命以降ほどの影響力はなく、サッツでいかにパワーをカンテに伝えるか、の勝負であった。基本的に個人のアスリート能力とジャンプ技術が勝負を決め、マテリアルの影響力は限定的であった。素晴らしい身体能力とユリアンティラのコーチング能力がニッカネンという怪物を生み出した。1987年V字の夜明け前夜、彼は最後の光を放つ。個人のアスリート能力が大きな影響力を持つのは当然の時代だった。

1992V字黎明期(1994年シーズンまで) IB-a 低身長・軽量の時代
ボークレプの総合優勝(88/89シーズン)によりV字スタイルの飛距離における優位性が明白となり、1990年頃から急激にV字への移行が進行した。非常に分厚く大きなスーツとビンディングを後の方につけた長いスキーで得られる浮力は絶大であった。過剰な浮力は飛行曲線のフラット化を急激に進行させた。サッツにおけるフィジカル的な要素よりも、ジャンパーの物理的な特徴が勝負を決めるようになっていく。低身長・軽量であれば、サッツのパワーが無くとも飛べるという状態になっていった。その結果、体ができきっていない低年齢ジャンパーがとてつもない距離を出すという現象が続出することになる。その象徴がニエミネンの金メダル(アルベールビル'92)であった。この、低身長・軽量という特徴は日本人にも合致することから、日本ジャンプチームの存在感は急速に増していくことになった。世界を震撼させた葛西のカミカゼ・スタイルもこの時代の長いスキーが可能にした。1992年、弱冠16歳のニエミネンがすべてを成し遂げられたのは、出来上がっていない体と新しいスタイルへの対応力がすべてを決める時代だったからである。

1998ライジング・サン(1994-1998) IA-b 空中技術上位の時代
過剰な浮力を抑制するためのFISの戦いが幕を開けた。スキーのビンディングの位置を前から57%の位置に制限する、俗に言う57%ルールの導入とともに、スーツの厚さと大きさを制限するスーツレギュレーションが強化されていく。それらは一定の浮力抑制効果があったが、マテリアルの進歩により浮力は潤沢でありつづけ、また、低身長の有利さに変化はなかった。飛び出し速度の低速化が進み、いかにサッツでロス無く飛び出し、空中で風を捉えるかという技術勝負の傾向がどんどん強くなっていく。すべては日本選手の長所が生きる方向への変化であり、日本ジャンプは黄金時代を迎えた。1998年の長野五輪、日本悲願の団体金メダルは日本選手の高い技術の証明だった。

2002長身痩躯時代(1999-2002) IB-a 高身長・軽量の時代
長野後の98/99シーズンに低身長の有利さを根本的に抑制するため、スキーの長さの上限を身長の+80cmから146%に変更する、いわゆる146%ルールが導入された。同時にスーツのレギュレーションもいっそう強化された。これにより身長175cm以下のジャンパーは長野以前の技術をベースとする飛び方では浮力が不足する事態に陥った。一方、身長の高いジャンパーが長いスキーを上手く使ったとき、他との差別化ができるようになっていった。その象徴が柔らかくしなやかで骨量の少ない体を持つ、若きマルティン・シュミットだった。そして、彼の成功はドイツ・チームにおける極端な減量指導へとつながっていく。それはスヴェン・ハンナバルトによるジャンプ週間4連勝という一瞬の輝きに結実する。それが成し遂げられた2002年、長身痩躯ジャンパー達は彼らだけに許された浮力を生かし、長野以前とほぼ同じ方法論で飛んでいた。

2002bサッツ重視へのゆり戻し(2000-2005) IA-a パワーの復権
しかし、行き過ぎた減量は精神的・肉体的ダメージが大きく、燃え尽き症候群によりハンナヴァルトは引退に追い込まれ、ドイツチームは内部崩壊へと向かっていった。その流れと同時進行で、もう一つの動きが出る。そのさきがけは00/01シーズンのジャンプ週間における、アダム・マリシュの強烈なパフォーマンスだった。彼はクラシカル時代のサッツ技術により強烈に高く飛び出して浮力不足を補うという、まったく逆の発想でシュミット・ハンナバルトに対抗した。マテリアルの進歩によって浮力が徐々に戻っていったことも大きい。マリシュは00/01/02の3シーズン連続で総合優勝を飾った。その2002年、マリシュらは長身痩躯タイプとはまったく違う方法論で飛んでいた。03/04シーズンまでは長身痩躯タイプも存在感を保ち続けており、ダブルスタンダードの状態だった。たが、徐々にサッツのトレンドはパワー兼スピードの方向へとシフトしていく。2004年のBMIルールの導入はその流れを完全に決定付けることとなった。サッツで前の方向へ猛烈に飛び出していく、アホネンを筆頭とするパワータイプが席巻するようになってくる。BMIルールは大筋ではジャンパーの身体的特徴による有利不利を矮小化することに成功したが、軽いことが有利にならないということを意味する。パワー化の傾向とあいまって、日本ジャンプは暗黒の時代に突入することになる。この暗黒の時代でも葛西が戦えていたことは、彼のIA-a能力が高いことを意味していたのである。

2006パクス・オストリアーナ(2006-2010) IIB チームのマテリアル開発能力上位の時代
2003年シーズンから非常に厳格なスーツのレギュレーションが導入された。スーツのバリエーション化を抑制することを目的としていたが、ルールに解釈の余地が多いために逆に各国のマテリアル開発競争を促すことになった。一方、BMIルールの定着はジャンパー間の差を少なくしていった。それらの結果、ジャンパー個人の能力・特徴よりも、チームの影響力が増大することになり、育成・マテリアル技術・精神面でのケアを含めたチームマネジメントの力で、オーストリアが他の国を大きく引き離し始める。モルゲンシュターン・コフラーのトリノオリンピックでのワンツーフィニッシュから始まったオーストリアの黄金時代は、天才シュリレンツァウアーの出現によって磐石となっていった。チームの良し悪しで成績が決まってしまう時代だった。

2010アマン-カルテンベックビンディング革命(2010-2011) IB-b ジャンパー個人のマテリアル技術がもたらした革命
ワールドカップになかなか出られない一人のジャンパーが、自国の覇権を脅かすことになるとは誰が予期しえただろう。オーストリアのカルテンベックが2008年に考案した、曲がったポストを装着したビンディング。彼自身はそのビンディングをワールドカップの舞台で使うことはできなかったが、2010年、バンクーバーオリンピックを控えたクリンゲンタールでそれは日の目を見ることになった。アマンはこのビンディングを使いこなすことで、王座に君臨していたシュリーレンツァウアーをいとも簡単に凌駕し、金メダルを掻っ攫っていった。サッツ後のスキーの上がりをビンディングで自動的に制御するという今までにない技術は、サッツ技術に大きな影響を与えることになる。さまざまな身体的特徴(不都合と言い換えてもいい)を持つジャンパーに対して、理想的な速さのサッツができる可能性を開いたのだった。2010年は、個々のジャンパーのマテリアル対応力が問われる特殊な状況だった。

2014ピチピチスーツ到来とジャンプの純アスリート競技化(2012-) IA 個人能力の復権
ビンディングの革命はジャンパーのパフォーマンスの底上げにつながった。また、マテリアルの進歩により徐々に増大していた浮力は、サッツ技術の向上とともに飛行曲線の極端なフラット化をもたらし、状況としては長野以前のレベルにまで達しようとしていた。2011年のビケルスンにおける、ゲート0番、追い風でのエーベンセンの230m越えはその象徴ともいえる出来事であった。ここに至ってFISは大鉈を振るう決断をする。スーツの余裕をゼロ(後に2センチ)にし、素材のサプライヤーまで限定するという大幅なレギュレーション変更であった。その結果、2つのことが起こった。1つ目は飛行曲線が落下型となり、空中よりもサッツの技術・力の重要性が増したこと。2つ目はチームによるスーツ開発の余地がほとんどなくなり、チームによる影響力が小さくなったことである。これにより、2014年には個人の能力が素直に結果に現れる、ある意味健全な状況がついに実現した。世界最高のサッツ技術を持つストッホのソチオリンピックダブル金メダル・ワールドカップ総合優勝は当然とも言える結果であった。

総括すれば、V字以前のジャンパーの身体能力が重要だった時代から、ジャンパーの身体的特徴がすべてを決める時代、マテリアルとチームの力が支配する時代を経て、一周してジャンパーの身体能力が重要な時代に戻ってきたということだ。そして・・葛西はそのすべてを経験している唯一の現役ジャンパーである。彼の復活の理由の根本にあること、それは、V字以前を知る彼の元に、25年のときを経て時代は戻ってきたということなのだと思う。

来季は落下速度の増大による怪我の続出に対応するため、スーツのレギュレーションが一歩、緩和されるようだ。結果、浮力が増加すると思われる。予定されているレギュレーションではスーツの厚さや余裕に幅を持たせているのがミソで、ここにマテリアル開発の余地が少しながらも生まれると思う。その結果、少しチームの影響力のより戻しが予想される。新生オーストリアチームの逆襲が見られるのかを注目していきたい。また、増加した浮力はジャンパーの減量指向をいくぶん緩和させると思われる。歴史的に見ても、減量指向は浮力不足とともに現れ、浮力増加とともに消えるからだ。全体としては好ましい方向の変化となるだろう。これを見ても、FISの技術部会の経験値は高くなっていると感じる。これからは技術トレンドを見越してレギュレーションを微調整し、ジャンパーの物理を「好ましい範囲」にとどめることができていくのだろうと思う。すなわち、現状が維持されていく可能性が高いだろう。でも・・・時代は繰り返すもの。V字やカルテンベックビンディングのような想定外のイノベーションが起こり、バランスが大きく動く時がきっと、また、ある。

ジャンパーを類型化してみる

こうやって歴史的に見ていくと、どのジャンパーがどのピリオドで成績が良かったかを見ることで、それぞれのジャンパーが4つの個人要素のどれを強みにしているかがわかる。それを元にジャンパーを類型化してみよう。

アスリート・タイプ IA-a ジャンパーの物理能力上位
このタイプは基本的にはどのような状況でも成績を残すことができるが、トップパフォーマンスを出すのにチームのアシストを必要とする傾向がある。

アホネン、葛西、原田、マリシュ、ヤンダ、ハウタマキ おそらくシュリーレンツァウアーもここに入る。

テクニシャン・タイプ IA-b ジャンパーの技術能力上位
このタイプはアスリート能力やマテリアルが絶対の状況では厳しい戦いを強いられる一方、嵌ったときは強さを安定して示す。

船木、ペテルカ、ビドヘルツル、ストッホ

ボディ・タイプ IB-a ジャンパーのマテリアル物理上位
このタイプはルールに大きく依存する。ルールが自分の体に合致していると、他の追随を許さない強さを見せる

ニエミネン、シュミット、ハンナヴァルト、ゴルトベルガー、岡部

イノベーター・タイプ IB-b ジャンパーのマテリアル技術上位
このタイプはマテリアル上位のピリオドで他に先んじていく

アマン、モルゲンシュターン

言うまでもなく、トップジャンパーは4つの要素を高いレベルで兼ね備えている。たとえば、バーダルはどれにも当てはまらないが、どの要素も高レベルでまとまっている。マリシュ、ストッホ、モルゲンシュターンなどもほぼオールマイティだし、ボディ・タイプに入れた5人は全員、素晴らしいテクニックを持ち合わせていたからこそ、自分の体の利点を生かせたわけである。今はIA-a上位の時代に戻ったのだから、この類型を基にすれば、アホネンの復活は(チーム次第だが)約束されているという結論になる。さて、どうなりますか。

なんとも大掛かりなものになってしまったが、全部書いてすっきりした。この議論は非常に個人的な印象だけを元に組み上げた、いわば仮積みのようなもの。ある部分では本質を突けていると思ってはいるけれども、全体としてはまだまだ検証が必要だと思う。これをベースとしてジャンプを見続けていればちょっとづつ真理に近づいていけると思いたい。

このような独りよがりの長文に最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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Comments

大変面白かったです!!
“チームの力”という要素とオーストリアの強さはとても納得できます。
“ジャンパーを類型化”も興味深いです。
こういうふうに考えを巡らすのはオフシーズンの楽しみですね。
バイスフロクとか今回の考察から漏れている選手についても考察してみると楽しそうです。
(私は、ニッカネンとかクラシカル時代の選手も含めて最強は誰か?なんてことを夢想したりして楽しんでいます..)

Posted by: 北きつね | May 11, 2014 at 02:26 PM

どうもです。
バイスフロクはV字革命をまたいで両方でトップレベルで活躍した数少ない選手の一人ですね。基本的にはテクニシャンタイプだと思いますが、全般に非常に能力が高く、かつ、V字黎明期の軽量というトレンドにも合致したということになると思います。

最強を決めるのは不可能なので、それぞれが夢想することができて楽しいですね。純粋な個人能力だけでいえば葛西、アホネン、シュレリー、ニッカネンの4人が頭一つ抜けた存在だと個人的には思いますが・・・・チームのアシストがほとんどない状態で総合優勝を果たしているマリシュとアマンが真の最強ジャンパーだと言われると、それも納得です。セナとシューマッハーのどちらが最高のF1ドライバーか、という議論に似ていますね。

Posted by: かずやん | May 15, 2014 at 07:10 AM

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