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August 31, 2013

ハイドンのロンドンセット

夏の終わりの穏やかな空気が漂うこの季節は好きだ。こんな感じがずっと続いてくれたらなぁ・・・でも、まったく季節の移り変わりが無かったら、それはそれで味気ないものだろう。

夏の間はハイドンの交響曲をよく聞いた。仕事柄、家に帰っても頭の中がいっぱいで音楽が入ってこないことがけっこうある。そういうときはハイドンがいい。何にも考えなくていいから・・・・

ハイドンの交響曲は映像作品に喩えれば「2時間ドラマ」だと思う(いい意味で)。安定した展開、ちょっとしたスパイス、そして最後はちょっとあっけなく終わるところも。

他の作曲家の交響曲を同じように喩えると、モーツァルトはさしずめハリウッドの娯楽映画、ベートーヴェンは巨匠が作ったメッセージ性の強い作品、ブルックナーは緻密に構成され最後にホロッとくるドキュメンタリーでマーラーは実存主義の大作小説を長編ドラマにした・・・といったところかな。

くたびれている時はベートーヴェンやマーラーは拒絶反応を起こすし、モーツァルトやブルックナーは後で疲れがドッと来る。でもハイドンならOKだ。

小学生の時、初めて手にしたミュージックカセットがハイドンの「驚愕」と「時計」だった。テープが擦り切れるほど聞いていた。全然気にしていなかったので誰が指揮していたとかは覚えていない。でも、今思い返してみてもすごくいい演奏だったと思う。最近改めて聞いてみて、この2曲はクラシック音楽の基本を押さえた素晴らしい交響曲だという認識を新たにした。

ハイドンってとても素直な人だったんだろうと思う。普通、あれくらいの巨匠になったらふた周りも年下のモーツァルトの真似なんてしないんじゃないか。でも、時計なんてモーツァルト的ですらある。その素直さが、彼を、その長い活動の間ずっと着実に進歩させた。それがいわゆる「ロンドン・セット」に結実して、現代にまで残ったのだと思う。

私にとってコリン・デイヴィス/コンセルトヘボウ管のロンドンセットのCDは宝物だ。ハイドンはやりようによってはあざとくなる。あざとく演奏すると浅さが見えてくる。こういうところも2時間ドラマと同じだな。そうなると私は楽しめない。コリン・デイヴィスの謙虚で真摯な(モデストな)演奏が、私にぴったり合う。1980年前後のコンセルトヘボウが一番良かったときの音と共に、小学生の時に私を戻してくれる。

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Comments

こんにちは。以前、ヒラリーハーンさんの記事のところでコメントさせて頂きました者です。またも昔の記事に今頃、コメントですみません。

作曲家によって2時間ドラマだったり、娯楽映画だったするの・・面白く拝見しました。

その日の気分で受け付けない作曲家のがあったりするのは同感です!

私の場合その他に数年前に聞いた時には全然、ピンとこなかった作曲家や曲が今になりすごく好きになってそればかり聞いたり・・年齢とともに味覚が変わるというのと一緒かも?

今年少しケルンに滞在することになり、今ケルンの事いろいろと調べ中で・・こちらのブログを思い出してコメントしてしまいました!

Posted by: Takako | March 15, 2014 at 08:49 AM

どうもです。
作曲家の好みが歳とともに変わる・・・そしてそれが味覚と結構リンクしているというのは、同感です。私の場合、どんどん、シンプルなものが好きになる感じですね。

Posted by: かずやん | March 15, 2014 at 09:07 PM

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