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November 07, 2012

Arkadiaの相手選び 結論

12からの続き)

ということでCreek Destiny 2 CD PlayerとOctave V40SE (6550WE)を家に迎えることになった。その選考過程を振り返ってみて改めて感じることは、少ない予算でよい音を得るためのポイントは「割り切り」だったということだ。自分サイドではCDのみと割り切ったことが道を開いたと思っている。

今回聞かせてもらった機器たちは本物だった。Titzerさんの目にかなったものに間違いはなかった。私の購える値段では全方向的に凄いものは作れないから、妥協の中でなにを取り、何を捨てるか、作り手のフィロソフィーが問われる。それがしっかり宿っているものばかりだった。

英国流のグッドリプロダクションというものがどういうものか、NaimとCreekは教えてくれた。Naimは音楽の一番大事なところ、スピード、生命力、リズム、これに全力を注ぐ。オーディオ的能力もものすごく高い。大胆に機能も質量もギリギリまで削いで、でも音楽の命は削がない。一方のCreekは聞き手を邪魔しないことに繊細な注意を払っている。金属的な音が出ないのではなく、出さないようにしているのだ。そしてある枠内をバランスよく音で埋め、少し距離を保つ。枠を大きくするにはコストがかかる。市井の人が買える値段で最高に上質な世界を作るために、枠を意識して小さくすることにしたのだと思う。そのバランス感覚とセンスに脱帽だ。一つだけ個人的に残念なのはフロントパネルの光沢感だ。これがクオードのようなマットな質感なら、音との整合性が取れて日本でもっと売れると思うのにな・・・・。(11.8追記 家に届いたブラックのDestiny 2 CD Playerのフロントパネルは光沢感が控え目で店頭にあった個体よりずっと上質感がありました。)

同じ価格帯の日本メーカーの製品たちは、エクステリアも、音の一つ一つも、機能性も、全体のクオリティもこれらに負けないだろう。でも、あまりに全方向的に頑張りすぎて、何を目指すのか明確にならず、いらぬコストをかけていないか?これは、日本という国のすべてにおいて言えることかもしれなし、いい所でもある。

そして・・・Octaveの音はたぶん、アンドレアス・ホフマンという人そのものなのだと思った。あのアンプの音を聴くと、年配の良くできたドイツ人に接したときの感じがする。愛想はないし表面的には厳しいところもあるが、それは人にきちんと正対しているだけなのだ。そういう相手には自然とこちらも常に真摯で正直な接し方になり、それに慣れてくるとその関係性が凄く心地よい。そして、そういう人ほど、中にとても暖かい芯を持っているのである。Octaveのアンプともそういう関係になれたらいいのだけど。

金曜の夜だったので、Titzerさんはホフマンの自宅オフィスに直電してV40SEを発注していた。世界中ですごく売れていて、在庫はまったくなく納期は3週間ほど必要とのこと。せっかくの一番幸せな時間だからゆっくり待とう。家で鳴らした瞬間から悩ましい日々が始まるだろうから。

(終)
シリーズの最初から

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言うまでもないことだとは思いますが、このシリーズにおいてなされたオーディオ機器に対する私の論評は、あるたった一つの条件で行われた短時間の試聴を通じて個人的・主観的な観点からなされたものです。したがって、これらは普遍性を持ちません。

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