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May 20, 2010

引き算のオーディオ

ほんと、今年の春はパッと明るくならない。もう5月も半ばだというのにどんよりとしていて寒く、まるでスコットランドの晩秋のようだ(行ったことないけど)。そのせいだろう、このあたりで出てくるはずの野菜や果物が市場にぜんぜん出てこない。新キャベツや新ジャガを心待ちにしているのだが・・・・。また、ギリシャ発の財政危機によってユーロは暴落。ユーロ建てのなけなしの給料や預金も暴落しているに等しい。これで心軽やかになれって言うのは、無理な話だ。

そんなこんなで、オーディオにお金を使うことなど、夢のまた夢。妄想オーディオに逃げ込む毎日。だが・・やりすぎると妄想は膨らみ、しまいには念となり、心を惑わす。すると、惑った心は現実とのギャップに苦しむようになってしまう。

念を列挙すれば・・・
SACDマルチチャンネルをやってみたい
古い(2chの)お気に入りCDを新鮮に鳴らしたい
クロック同期をやってみたい(=エソテリックかコードのデジタル機器を使いたい)
デジタルファイルオーディオをやってみたい(=Linn DSが欲しい)
真空管アンプで、いや、オクターブかウエスギでArkadiaをドライブしたい
マッキントッシュのアンプを一度は手にしてみたい
アナログをはじめてみたい
イコライジングを本格的にやってみたい
ルームアコースティックを調整したい
気兼ねなく音楽を楽しみたい

最後の「気兼ねなく音楽を楽しみたい」はもっとも悩ましい念である。音楽を楽しみたい>もっといい音で・もっと大きい音で・もっと気兼ねなく>飛躍>オーディオ機器の前に家が欲しい・・・・

はぁ?と自分でも思う。が、音楽を本当に気兼ねなく楽しむには、そのための場所がいる。気の小さい私は、他人に迷惑をかけているのではないかと思いながら音楽に没入することはできない。突き詰めていくと、現状ではオーディオになんか投資しても、本当の満足は得られないだろうというかなり確信めいたどん詰まりに突き当たってしまうのである。これを否定するのはたやすいことではない。

妄想オーディオの悪いところは、現実を無視した「足し算のオーディオ」になるということだろう。やってみたいことを実現するために、新たに何かを導入して、複雑巨大化していく。雑誌とかに載っている、オーディオを楽しむことのできている幸せな人たちを見て、自分もやってみたいなぁと思うところまではいいのだが。でも、そのほとんどが、自分の、いや、おそらく大多数の人々の現状ではできないし、できても意味のないことなんじゃなかろうか。

今季号のステサンの特集が「オーディオを身近に」だったのは、そのギャップに彼らも気づいているということだろう。でも・・・リビングや6帖間にあれを置いてもね、その機器の実力を出せるぐらい思いっきり鳴らせる人はどれくらいいるんだろう?音楽のエネルギーは、それが強くなればなるほど、それに合わない人にはダメージを与えるものなのである。音楽は非常にパーソナルなもの。自分の好きな音楽を気兼ねなく楽しむには、パーソナルな空間がいるのだ・・・・。

このどん詰まりから抜けるためには、発想を転換しなくてはならない。
「気兼ねなく音楽を楽しみたい」の念を次のような現実目標に変えてしまおう。

「気兼ねなく鳴らせる音量で音楽を楽しめるようにする」

それを実現するための「引き算のオーディオ」。
これを、パーソナルな空間を持てるようになるまでの進むべき方向としよう。
すると、ちょっとは心が軽やかになってきた・・・かな?

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