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October 26, 2005

Saldentigerinの記憶

Saldentigerinがとうとう、重賞を勝った。

2001年の初めてのドイツ競馬POGにおいて、何もわけもわからないまま、ダービーを夢見て取ったのはSaltangoという仔だった。Winterfavoriten(4着)でみせた、超子供なのに凄い末脚というアンバランスさに夢を見たのだった。姉のSaldenschwingeが重賞戦線で活躍していたことすら、良くわかっていなかった。

彼は結局体調不良でクラシックを棒に振り、大成しないまま競走生活を終えた。

しかし、それがきっかけでSaldeの仔はいつも気になっていた。
2003年のPOGで、Tiger Hillの仔は取らないといいながら取ったのが、Saldentigerinだった。
2歳時は1勝、2着2回。しかし、新馬で負けた相手は後にUnion2着、ダービー3着のOmikronであり、2戦目で負かした相手は後に最強の未勝利馬となるEgartonであった。

空けてJean Harzheim-Rennen(L.)に出走した彼女は圧倒的一番人気に推された。このレースは後にDianaにつながっていく非常に重要なレースである(ちなみに今年の勝ち馬はGonbardaであった)。この時期の牝馬に2200mのレース、当然、抑えて行きたいところ。鞍上のMinarikはスタートをソロッと出して馬群に入れようとした。うまく行ったように見えた。しかし・・・

「あたいは行きたいの、行かせてよっ!」

首をグイングイン振り、鞍上を引っ張り、結局は馬群をかき分けてハナへ。Minarikの手綱はガッチリ抑えられているのに、首をグイグイと出して加速する彼女。あとでビデオを見るとMinarikの頭が揺れているのが良くわかる。

普通ならそんなことをすれば最後はバテるはず。しかし、直線に入っても彼女の脚は衰えない。最後はDalicia以下を突き放して余裕の勝利。すげーこいつ、こりゃDianaは当然、Derbyも夢ではないと、正直に思った。

しかし、やっぱりその走り方では、本当に切れる馬相手には勝てない。Diana3着、Derby4着。陣営もヤネをいろいろと変えたり試行錯誤する。Preis von EuropaではStarkeまで乗せたが、結局は「あたいは行きたいの、行かせてよっ!」が炸裂してStarkeも根負け。Albanovaの末脚に屈す(2着)。Jean Harzheim-Rennenで負かしたValleraは重賞を2勝してオペラ賞にも出たのに・・・・。

個人的には、もう繁殖に入れて子供に期待するほうがいいんじゃないかと思い始めていた。間違いなく能力はあるし、血統背景もいいんだから、いい仔を出すだろう。

現役続行。しかし低迷が続く彼女。何か覇気が感じられない。なんといいますか、コスモバルク的もどかしさ・・・。

しかし、夏を越してMerrill Lynch Euro-Cup(GII)あたりから何かが変わった。おそらく、鞍上のMongilは無理に抑えることを止めた。手綱は絞るが、彼女の気を損ねるほどではない。もちろんその状態では単騎逃げ、それも5馬身以上離しての大逃げとなる。このレースではFight Clubの一世一代の爆走に敗れたが、彼女自身は最後までまったく落ちていなかった。

次のFrankfurter StutenpreisではWurfscheibeとのマッチレースに持ち込んだ。敗れたが、復活を充分に印象付けるものだった。そして、とうとう、Baden-Wurttemberg-Trophyにて全馬を抑えきった。肉を切らせて骨を断った。

ゴール板を過ぎてもどんどん行こうとする彼女。しかし、これが最後のレースだ。次は母としての仕事が待っている。

もし、彼女が初めからサイレンススズカのようなレースをしていたらどうなっていただろう、なんていう夢は彼女の仔に託そう。

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